ローテンブルグ(赤い城)と言う古都での話

これは僕が未だ学部生の頃の話なんですが、
日本での出来事では無いの。当時ドイツに行っていた時の話です。
(by
上原潤
)
僕は週末を利用して、留学生仲間と「ローテンブルク」へ遊びに行った。ローテンブルクとは「赤い城」と言う意味で、その名の通り遠くから見ると赤く見えるのでその名が付いたと言われている。
ヨーロッパではありふれた城郭都市で、街全体を城郭が覆っており、中世の町並みが今尚残る観光都市である。街としての規模は余り大きく無く、中部ドイツに位置する山間の地方都市である。
さて、何故ここに来たのか。幾つか目的は有るのだが、一つはこの都市の目玉である城である。中世に建てられて以来、戦災で崩落する事なく綺麗に残った城。当時のヨーロッパの典型的な魚鱗型の銅葺き屋根が設えてある塔等が観たかったのである。
ドイツに限らずヨーロッパは、補修工事を重ねながら当時の街の風情を壊したりしない。道の石畳、城然り、建築物に到る迄、出来るだけ壊さずに当時の状態で残す方針を取っている。住宅地の屋根の色迄、地区毎に指定されている位だ。この点においては、日本も見習うべきであろうと僕は思う。
さて、仲間と城見物や市内見物を済ませた後、僕らはホテルにチェックインをした。丁度城の内壁に面した、街の一番外側に位置するホテルだった。当時のまま残してある回廊が窓から良く見える。
回廊、と言うとピンと来ない人達も多いだろうから、補足説明しておきましょうか。城郭都市の城壁は、大抵内側にグルリと回廊が何段も巡らしてあり、観光客、市民と問わず自由に行き来出来るようになっているのだ。市民等は近道をする為に回廊を通勤ルートや通学ルートに使っている。当時は見張りや攻め込んだ敵を撃退する為に使っていたのであろうが。
ホテルでは典型的なドイツ料理を楽しんだ。メインディッシュはビーフの薄切り肉を使ったシチュー。この国では何処の家庭でも作るビールで煮込んだシチューである。夏野菜を入れて煮込み、サワークリームやライムを仕上げに入れて酸味を利かせた一品だ。後はお決まりのソーセージやザワークラウト、ライ麦パンやチェダーチーズ、デザートはミックスベリーを砂糖で煮込んで寒天でとじたものだった。御存じの方にはお馴染みのメニューであろう。
ワインはシュワルツカッツェの辛口を頼んだ。この国ではモーゼルワインが主流であり、甘口の物が多いのだが、僕は甘いものは苦手なので敢えて辛口を指定した。辛いと言っても、やや辛いかな?位の味だ。日本で飲むより遥かに安く、そして美味しい。ラインの恵みに感謝せずにはいられない。
歓談をしながら僕らは食事と酒を楽しみ、そしてそれぞれの部屋へ戻る事になった。僕はバスルームでハーブバスに浸り、明日の予定等を考えていた。何処に行こうかな?とか、たまには日本食を食べたいな、とか。
スッキリしたあとは涼しい夜風に当たる為、部屋の窓を全開にした。ここは山間の街で、標高もそこそこ有るので、夜になると夏でも夜風は涼しい。しとどに汗を掻いた火照った体に、夜風は心地よかった。僕は「ヘニンガービール」を飲みながら煙草を吹かし、すぐ目の前に拡がる回廊をボンヤリと眺めていた。
すると、一人の男性が回廊を歩いてきた。身なりからすると御勤め帰りの地元民だろう。スーツ姿に通勤鞄を抱え、回廊をヒタヒタと歩いて来る。ふと彼と視線が合った。彼は僕を見るとニッコリ笑い掛けると、「Guten Abend!」と声を掛けてきたので、僕も挨拶をしかえした。
彼はそのまま回廊を歩いて行く。するとどうだろう。彼の後方から薄ボンヤリした白い光が後を追うように回廊を通ってきた。最初は懐中電灯の光かな?と思っていたのだが、どうやら違うらしい、、。
光しか無い!
例えて言うなら、白いボンヤリした光の玉。そう、丁度人魂みたいな。スーッと回廊をつたって行くのだ。やがてそれは彼に追い付いて行く。僕は「あっ!」と声にならない叫びを上げて、思わず彼に声を掛けそうになったのも束の間、それは彼の背中から胸にかけて突き抜けた!
そして彼を追いこして行くと回廊をつたって進んで行き、やがて視界から消えた。彼は何事も無かったように回廊を歩いて行く、、、、、。僕は夜風で体が冷え、クシャミが出る迄呆然とそこに立ち尽くしていた。
次の朝、僕らはバラバラに自由行動をしようと朝食のテーブルで合意した。皆それぞれ行きたい所が有ったのだ。僕は内心嬉しかった。僕が行きたい所、それは世界でも珍しい「犯罪博物館」と言う所だからなのだ。古今東西の刑罰に関する資料や拷問道具等が陳列されているエグい所なので、他の人を誘っても行きたがらないだろうし、僕のセンスを疑われてしまいそうなので、ピンで行動したかったのだ。
そこで一番の見物は、水攻めの檻。人間を檻の中に閉じ込めて、大きなアームで吊るし、檻ごと水に水没させるのだ。檻そのものが残っているのは珍しい事では無いが、アームが残っている例は余り無いのだ。
兎に角、僕は弾む心を押さえつつ、「犯罪博物館」へと向かった。入場料は学割で半額。国際学生証を発行しておいて正解だった。これのおかげでドイツの国鉄は勿論の事、美術館や博物館、市電に至迄が割り引き対象になる。この国は学生に優しい国で、半額もしくはそれ以上の割り引きになるケースも有る。日本ももっと見習って頂きたいものだ。
さて、朝から並んだのに人は疎ら。やっぱりこんな悪趣味なものを
観たがるのは僕くらいなのだろうか。少し拍子抜けしながらも、僕は
館内に入り、順路に沿って進んで行った。
当時の資料や拷問機具がショーケースの中に陳列されているのが目に入った。古文書の記録等も犯した罪により加えられる制裁が違っていて、当然重い罪になればなる程苦しい刑罰が待っている事になる。
面白いのは、基本的に欧州の刑罰は晒物が殆どであり、市民に対して「こういう奴は酷い目に遭うんだぞ!」と言う事を一般公開するのが当たり前なのである。日本でも極刑になるとそうであったが、この国は些細な罪でも晒物にする。
例えば、「喋り過ぎた女」がそうである。告げ口や誹謗中傷、陰口等を過ぎる女は、鳥の様に嘴が伸びた面を着けられ、その姿で市中を引き回しになる。「諍う女」もそうだ。仲が悪く、喧嘩ばかりしている二人の女を、互いに向かい合わせて手枷足枷を付けて市中を引きずり回して晒物にするのである。大変悪趣味だ。
それらの中に、僕は極め付けの逸品を発見した。「アイアメイデン」である。「鉄の処女」の名で知られるこれは、罪人を座した女性を象った鉄の入れ物に押し込めて蓋をするのである。しかも、その蓋の内側には無数の太い鉄の針が林立している。要は生きながらにして串刺しにするわけである。その上、その針は微妙に急所を外した所に設置されており、即死しないように設計されている。恐らく、体中穴だらけになっても即死出来ず、出血多量でジワジワと死んで行くのであろう、、、、。これを設計した人間はきっと悪魔だと僕は思う。
さて、その「アイアンメイデン」は年代物な上に、蓋が損傷しており、割れた蓋から内部がチラリと見える代物だった。勿論、内部は暗くて見えるわけも無い。僕は凝視しながら、これは一体何人の命を、生き血を吸ってきた機具なのだろうと考えていた。
その隙間に、、、、、
え?
何だ?
嘘でしょう?
凝視している隙間の暗闇から、、、、、、
こっちを伺っている目玉が一つ浮かび上がっていたのだ!
ガン見する暗闇の中の目!
僕はしばし凍り付いていたが、程なくして心の中で「御免なさい、失礼しました!」と謝った。拘りたく無いし、付いて来られても困る!直感的にそう判断した。
すると、あろうことか、その目玉は確かにニッコリ笑うと虚空の闇に消えてしまったのだ、、、。
僕は嫌な汗を背中にドッシリ掻いてヨロヨロとその場所から離れた。あれは一体なんだったんだろう?確かにあの目は笑っていた、、、。
兎に角、ここから早く立ち去りたかった。僕は次の階上の陳列室に向かう事にした。
気が付くと周囲は誰も居なかった。皆サッサと次の所へ移動したのだろう。あんな物をガン見しているのは、多分僕だけだったのだろうか。
この中は分かりにくい造りになっており、順路の看板も見難い為、僕はどっちへ行ったら良いのか迷っていた。方向音痴も手伝って、正規の順路を外れていたのだろう。
すると上の階の半開きになっているドアから手袋をした手(多分、しなやかなそれは女性の物だろう)がこっちへ来い、と手招きしていた。僕は安堵感を憶え、その手が招く方のドアに向かった。
すると数える位の観光客がそのフロアに居り、やっと他の人に合流出来て一安心した。僕は先ほどの親切な女性に、一応礼を言おうと思って探したが、、、、見当たらなかったのだ。確かに女性は2〜3人居た。しかし手袋を嵌めている女性は居なかったのだ。
考えてみれば、七月のドイツで(しかも内陸は結構日中暑くなる)手袋を嵌める人は居ないだろう。手のモデルなら、話は別だが、、。それでは一体、、、、、、
あの手は誰の手?
もう余り考えたくは無かった、、、。兎に角皆とはぐれないようにして順路を進む事にした。後半は余り陳列物をジックリ観た記憶が無い。集中して見学出来なくなった事と、皆の進む早さの為である。
さて、館内を出て屋外の陳列物を見学した。ここには、前述で触れた通り、「水攻めの檻」がアームごと在るのだ。実物は損傷が少なく、ほぼ完全な形で残っていた。これは大変稀なケースである。大抵は壊れていたり、檻だけだったりするのに、ここの物は稼動すらすると言う。
早速、僕は記念撮影をしようと思い、ニコンの一眼レフを取り出して檻をアームごと撮影しようとした。が、しかし、シャッターが下りない!故障しているわけは無いし、電池も交換したばかりだ。市内撮影の時はちゃんと稼動していたのだ。おかしな事である。
何度もシャッターボタンを切るうちに、ようやく稼動した。ああ、良かった〜。折角の拷問道具、是非撮影して帰らねば、と思っていたのだ。
色々とケチが付いた見学だったが、観たい物はあらかた観たし、僕は満足して帰路に就いた。気味の悪い事も有ったが、それはそれで旅の思い出と言う事で片付けていたのだ。
ホテルに戻り、残りの日程を滞り無く消化した僕達は寄宿舎の有る街へと無事帰って行った。勿論、こんな事が有ったと言う事は仲間に全く話していない。頭がおかしいと思われるのも嫌だし、第一誰も信じやしないと思ったからだ。
後日、学生生協の写真屋へ旅先で撮影した写真を取りに行った。やはり良く撮れている。早く皆に見せたくて、寮の部屋へ戻りたかった。しかし一応、中身をチェックだけしてみる事にした。
最初の市内観光は問題無く写っている。しかし、あの場所は、、。
奇妙な事に「犯罪博物館」の写真だけが何も写っていないのだ!!
黒くなっていたり、変なカブリ(露出オーバーによる白くなる現象)で全滅だった。これでも一応、コンテストや投稿で鍛えた腕前。カメラもオーバーホールしたての良好な状態だった、、、、。何故、どうしてあの場所だけが、全く何も写らないのか?
これは未だ僕が釈然としない、数ある体験の一つである。
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